ケセラセラ~グリオーマ闘病記

30代の夫がグリオーマG4と宣告されました。

退院の日からつかの間の自宅の生活

2017年7月27日(木)退院

退院の日 

父に車を出してもらい迎えに行く。

ひげをそり私服に着替えるとすっかり病人らしさはなくなり、湿疹以外はとても元気に見える。

お世話になった看護師さんたちに挨拶をして回るとみんな笑顔で送り出してくれた。病棟の看護師さんとの仲の良さに父がびっくりしてた。

どのスタッフさんもフレンドリーで居心地が良かったようだ。この病棟に戻ってくる日が二度とないことを祈りたいけど、きっとまたお世話になるんだろうな。

病院を出て、自宅に帰る前によく行く近所のスーパーに寄り道。

スーパーをウロウロするのが大好きな夫。思う存分買い物を堪能し、やっと自宅へ。

本当は退院祝いでごちそうを用意したいところだったけど、私も疲れがたまっていてそこまで気が回らなかった。

適当に出来合いの夕飯を食べた後、大好きな日清のカップヌードルトムヤムクン味をたいらげた。

 

4日間の自宅での生活

8月1日から入院し、サイバーナイフの治療が始まることになった。それまでの4日間は自宅で自由に過ごすことができた。治療が始まったら、食欲が落ちたり自由に出歩ける体力がなくなるかもしれないという思いもあってか、体を休める間もなく本人は精力的に動き回っていた。

 

初日は私が仕事で不在だったため、子供たち二人を連れて行きつけのそば屋でてんこもりのそばを食べ、脱毛にそなえて床屋で坊主にしてもらい、スイーツを食べ、丸一日あちこち動き回っていたようだ。付き合わされた子どもたちはゲッソリして帰ってきた。

本人は元気に歩いていたようだが、さすがに最後の方は少し足取りが重くふらつくような動きが見られたと長女が心配をしていた。

 

二日目は土曜日で花火大会に行こうということになった。

前日動き回ったこともあり、子供たちも疲れてるし午後ゆっくり出ていけばいいのでは?と言ったら、

時間がもったいない朝から出かけようと思ってたのに!

とイライラしだした。病気発覚前からイライラすることが目立つようになっていたが、手術で腫瘍を取り除いてもそのあたりは変わらないらしい。自分がこうした方がいいと強く思ってることにたいして、周りがその通りにならないとスイッチが入ってしまうようだ。

一度イライラスイッチが入ってしまうと、そのほかの色々なイライラの元を拾ってきては文句を言い、ヒートアップしてしまう。

その後入院前に使っていた目薬が見当たらないと言い出しイライラピーク。ひとしきりイライラをまき散らし収束していく。こういう時は夫がいない方が平和だなと思ってしまう(本人には口が裂けても言えないが)。

退院後初めてのイライラをやり過ごし、花火大会に出かけそれは楽しく過ごすことができた。本当に病人なの?と思うくらい元気で私と子どもはついていくのが精一杯。ものすごく疲れたが夫が喜んでいたので報われた。

「来年の花火も見れますように!お願いします!」と天に向かって冗談っぽく手を合わせていた。

 

3日目はさすがに外出は勘弁してってことで家にこもってもらう。

 

そして入院前日。私が仕事の間、また子供たちを連れて今度は医療保険の請求のために必要な診断書を書いてもらうため病院へ出かける。帰りはマックで入院中ずっと食べたがっていたポテトを食べたようだ。この4日間本当によく食べてたな~。

夕方に父がやってくる。またまた車をだしてもらうためだ。我が家には車がない。年始めに車上あらしに合い古い車だったので処分してしまったのだ。思えばあの事件から悪いことが起きているような。

電車で行くことも考えたが、入院の荷物を持って県外の病院へ行くのは負担が大きいということでまた甘えてしまった。

 

最後の夜、入院荷物を詰めている顔が何とも言えない表情を見たら、涙が出てしまった。本人には気づかれないようにいつも通り振舞っていたが、夫の不安を思うと暗い気持ちになってしまった。