ケセラセラ~グリオーマ闘病記

30代の夫がグリオーマG4と宣告されました。

脳腫瘍開頭手術後 8日目~14日目の様子

2017年7月12日に脳腫瘍の摘出手術を行いました。前半の様子はこちら

 

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術後8日目

7月20日(木)

夫の回復ぶりから退院の日が近づいていると感じたため、急ピッチで夫の部屋の片づけ。父も尿管結石から回復し両親がそろって手伝いに来てくれる。両親には今回の病気のことで片道3時間のみちのりを何度も通ってくれて本当に感謝。両親がいることで精神的に安定していられる。

夕方から両親とお見舞い。両親は術後初めて夫の顔を見る。術後の顔が腫れた写真を送っていたため、術前とほとんど変わらない様子に安心した様子。言葉もよりスムーズに。17時頃夫の学生時代の親友がお見舞いに来てくれたため入れ替わりで帰宅。

親友のYくんは面会時間いっぱいまでいてくれたみたい。夜ふるさと納税でアイスクリーム頼んだよとラインが来る。これから多額の治療費がかかるのにふるさと納税してる場合じゃないだろうと脱力したけど、本人が病気のことで悶々としているよりはいいかと納得させる。

 

術後9日目

7月21日(金)

私が仕事中両親が引き続き片づけ。私達は築40年の夫の実家に住んでいる。今まで住んでいた人たちの物がそのまま残されており、夫の家族は全員捨てられない人たちなのか無駄に家がデカいこともあって大量の荷物で埋もれている。それを少しずつ運び出して捨てる作業。夫が帰ってくると捨てにくくなるのでこれを機会に強行突破。この日に何とか片付けの目途が立ち、とりあえず夫が寝る一部屋のスペースは開けられた。

夕方のエアコン工事の立ち合いも両親に頼み、仕事後病院へ。

このころから入院疲れなのか、体も元気になってきて時間を持て余し家に帰りたい外に出て体を動かしたいとぼやき始める。言葉は元通りになったが、リハビリで頭を使うと片言になり左腕がボーっとする症状がまだ出る。

 

術後10日目

7月22日(土)

お昼にカレーが出て喜びのライン。食べることと、理学・作業療法士さんや看護師さんたちとおしゃべりすることが入院生活の楽しみになってる様子。

私は親しくない人と会話するのは疲れるタイプなので、夫のこういう所は素直にうらやましいと思う。

リハビリは順調で段々と点数も上がってるみたい。40分くらい頭を使うと左腕と左唇に軽い麻痺のような症状が出る。

術後顔にポツポツと出ていた原因不明の湿疹が体に広がり始める。

午後、私の妹夫婦が家族みんなでお見舞いに来てくれた。術後10日経ち、病理診断の結果が気になりだす。術中の簡易診断でグリオーマのグレード4でほぼ間違いないようだが、確定するまで落ち着かない。夫が病名を告げられて(この時は本人にはまだ悪性の脳腫瘍としか伝えていない)平静でいられるかという心配もある。

 

術後11日目

7月23日(日)

義姉が私物の片づけのため自宅へ。その後一緒に病院へ。湿疹さらにひどくなり、痒みも出てくる。塗り薬が出る。湿疹とともに便秘もひどくなる。薬の副作用?

食欲ますます旺盛。ジャンクフードが食べたいというのでファミマでファミチキ買って差し入れ。

 

術後12日目

7月24日(月)

仕事帰り見舞い。留置されていた点滴針が抜けてスッキリ喜ぶ。ずっと投与されていたステロイドは点滴から内服になりマイルドな薬に変更となる。左腕の軽いしびれの感覚もなくなり日常生活を送るのに問題ないレベルに回復。湿疹だけはさらに悪化傾向。プツプツとしていた皮疹が盛り上がって境界が分からないほど広がっている。主治医から原因不明と言われるが薬疹を疑う。

 

術後13日目

7月25日(火)

湿疹ピーク。お通じもなくお腹が張って苦しいと。この日は前々から予約してあった子どもたちの夏休みイベントがあったため見舞いにはいかず。加えて長女が少し不安定な様子が見られたため担任にフォローをお願いするため午前中は学校で面談。夫の病気のことも伝え様子を見てもらうよう頼む。親友Y君と義姉がかわりに見舞い。病理結果が出たので主治医との面談が翌日に決まる。

イベント帰りにデパ地下に寄るとちょうど土用の丑の日でうなぎに行列ができていた。高級うなぎなので家族分は買えないが、夫のために奮発して一尾購入。

 

術後14日目

7月26日(水)

両親が来る。小6の長女が一人でうなぎとスイカを差し入れに行くと言うので、一人で病院まで行かせてみた。駅からは送迎バスが出ているので問題なくたどり着いたようだ。

スイカを食べたら急に便意がこみあげてきて、どっさりお通じがあったようで喜びの報告があった。スイカが効果があったのか不明だが、差し入れした甲斐があった。うなぎもさすが普段食べているスーパーの鰻と違って美味しかったようで、テンションの高いラインが来た。良かった良かった。

長女は午後の主治医との面談にも同席したがったが、シビアな結果を聞かせる勇気がなく自宅で両親と一緒に待つように言い聞かせる。(ちなみに長女は初回面談時に同席していたため悪性の脳腫瘍であるのはこの時点で知っています)

午後長女と入れ替わりで病院へ。義姉も会社を早退して来てくれる。ちょうど病室に着いたら、夫の職場同僚と会長が見舞いに。急遽デイルームで面会。

主治医はナースステーションで他の患者と話をしているようだったので、面談の時間だったがしばらく待機。

主治医の手が空いたようで声がかかる。せっかくのお見舞いで申し訳なかったが、声をかけてお開きにしてもらう。

 

膠芽腫告知

ソーシャルワーカーさん(この時初対面ではなく廊下で一度挨拶をして少し立ち話をしている)、看護師さん同席。とうとう病名が確定するときが来て緊張する。

主治医はいつも通り穏やかな表情で座っていた。モニターには病理画像と所見が映し出されていた。パッと目に飛び込んできたのは「malignancy」=悪性。

そして

「glioblastoma」グリオブラストーマ

ああやっぱり間違いないんだ。

主治医は私達に画像を見せながらグリオーマのグレード4、最悪性の膠芽腫であることを伝えた。平均余命は14ヵ月。5年生存率は10%以下。必ず再発してくるというシビアな現実を伝えつつ、それでも平均余命はあくまでデータの数値であり、同じ病気で8年生きていて現在も外来通院してる人もいると希望を含んだ言い方をしてくれた。

心配していた夫の様子は「そうですか」とその説明を顔色を変えずに聞いていた。というより時おり冗談も飛び出し、たびたび笑いがおこるという、告知をされているとは思えない状況に拍子抜け。

ネガティブ思考でメンタル激弱だとずっと思っていた夫が何の動揺の色を見せずに診断を受け止めている。10年以上一緒にいるがやっぱりこの人分からない。

(癌告知された人は何段階かに分けて病気を受容していくというプロセスをたどるらしいのだが、告知され3か月経った今もそのプロセスとやらは夫に全く見えない。もしかして1段階目にもまだ経ってない?)

そして話は今後の治療方法のこと。以下主治医からの話。

〇膠芽腫の標準治療は術後放射線治療60Gyかけながらテモダールを42日間服用するとのこと。その後は休薬期間を設けテモダールの量を増やし維持療法を繰り返していく。

〇テモダールは2年で打ち切り。アバスチンという薬も併用して使用するつもり。

〇放射線治療は一般的な外部照射でもいいがサイバーナイフという選択肢もある。

サイバーナイフのデメリットはメジャーな治療になってから日が浅いため、予後のデータが出そろっていないこと。だが、経験上一般の放射線治療と治療効果は変わらない印象。

サイバーナイフだと10日間の照射となり入院期間も短く、体の負担が少ない。また再発したときに再度かけることができるメリットがある。

 

こう言われたらそりゃサイバーナイフの方が魅力的です。サイバーナイフを選択することに。サイバーナイフのある病院で紹介できるのが2病院あり、交通の便が良く私が通いやすい方でお願いしたが、問い合わせると20日以上あとでないと空きがないとのこと。とてもじゃないけどそんなに待てないので

結局、県外にある遠い病院に転院することに決定。

この後免疫療法など色々と質問して面談は終了。もう入院しててもリハビリくらいしかやることがなく「明日退院してもいいですか?本人も暇を持て余してるようなので」と聞くと

「いいんじゃない?」と軽い返事。ということで翌日退院となった。

最後に夫が

「助けてくださってありがとうございました。」

深々と頭を下げた。

 

この後、義妹(夫の妹)の旦那さんが見舞いに来て普段と変わらぬ様子で談笑。

夕食もモリモリ美味しそうに食べ完食。

「考えてもどうしようもないし、しばらく骨休めだと思ってゆっくりするよ」

私たちを不安にさせまいと気丈にふるまっていたのかもしれないが、予想外の受け入れっぷりにただただ驚くばかりだった。