ケセラセラ~グリオーマ闘病記

30代の夫がグリオーマG4と宣告されました。

脳腫瘍開頭手術後 1日目~7日目の様子

2017年7月12日に脳腫瘍の摘出手術が行われました。術後入院中の様子です。

と言っても3か月経っていて記憶があいまい。家族とのラインのやり取りをもとに思い出して記録しておきます。

 

術後1日目

7月13日(木)

夕方から子どもたちと病院へ。術後すぐの様子を見せるのはインパクトが大きすぎて子供たちに見せるのはどうかなと思ったけど、長女も会いたがっていたし術後すぐの様子で会話は少しできそうだったため、連れていく。義姉も一緒。

術後すぐは混乱している様子だったが、1日経って自分の状況を把握した様子。心配していた右側の麻痺や言語障害などの後遺症もこの時点では見られず一安心。しゃべり方もほぼ術前と変わらず会話に支障なし。

管だらけの夫の様子に次女は少しびっくりしたよう。

「あの時(頭痛がして病院にかかるか様子を見るか迷っていた時)に行っていて良かった。病院に行かないで家にいたら死んでたよね」

と何度も良かったと繰り返していた。面会中リハビリの人が来る。初リハビリだ。術後すぐにリハビリが始まることに驚き。手足の動きを確認したり一通り体をチェックして初日は終了。食事を食べる練習も始まるとのこと。

 

術後2日目

7月14日(金)

父が尿管結石でダウン。予定していた見舞い来られず。長女も発熱で学校お休み。みんなここ1週間のバタバタで疲れている。私もパートがあったため義姉に見舞いをお任せして、この日は休ませてもらう。車いす移動でリハビリへ。甘いものの差し入れOKと言われる。食事開始。

 

術後3日目

7月15日(土)

眼科検診で斜視を指摘された次女を眼科に連れていく。その足で病院へ。長女の熱は下がったが家で留守番。頭にあったドレーンが抜けている。見た目順調に回復しているように見えたが、話すと呂律が回っていない。言っていることは文脈からこちらが理解できるが、頭で考えている単語が上手く出てこない様子。術後すぐの支離滅裂な話をすることはない。

ちょうど主治医が来たので聞いてみると、主治医も気になったようでCTを撮影したが心配していた梗塞などの所見は見当たらないとのこと。様子を見るしかないようだ。食事は普通食になる。

 

術後4日目

7月16日(日)

我が家の寝室はこれまで、家族4人ベッドを並べて川の字で寝ていたが、子供たちも体が大きくなり寝相もひどくノビノビ眠れないとぼやき、私と寝室の温度をめぐって揉めることもあったので、これを機会に夫だけ一人で自由に寝てもらうことにした。そのために古いエアコンを撤去して夫専用の寝室に新たなエアコンを入れることに。

そのため朝から次女を連れて家電量販店をめぐってエアコン探し。手ごろな値段のものが見当たらず。長女はずっと楽しみにしていた友達とプールへ。

夕方から子どもたちを連れて病院へ。デイルームまで車いす移動し座ったまま面会。尿道カテ抜けている(多分・・・記憶があいまい)。相変わらず呂律回らず。ラインのやり取りも文章がおかしい。長女の夏休みの宿題を持参し一緒に解いてみると計算はよどみなくスラスラできる。計算が必須な仕事をしているためホッとする。

ちょうど夕食時間だったため、食事を取る様子を初めてみる。箸使いや咀嚼・嚥下など術前と変わらず。あっというまに完食。差し入れたチーズケーキも食べ食欲旺盛。

私達が帰った後、職場の同僚が数人見舞いに来る。

 

術後5日目

7月17日(月)

入院して1週間。ラインのやり取りがまともになる。起床後少し頭痛あり。引き続き子供を連れてエアコン探し。安いエアコンが見つかり購入。午後から義姉と見舞い。少し言葉が出てくる。

ほとんどの管が取れ、点滴のみ。付き添い付きでしっかりした足取りで歩いてトイレに行けるようになる。

 

術後6日目

7月18日(火)

パート後、病院からTEL。ドキドキして電話に出るとナースステーション前の一般病室に移るという連絡。やっとHCUを卒業。

ここまで私か義姉がどちらか必ず見舞いに行っていたが、この日は二人とも疲れているので休みましょうということで誰も見舞いに行かず。帰宅後ゆっくりする。

 

術後7日目

7月19日(水)

術後1週間。昨晩緊急入院が相次いでいたため、病棟が騒がしく、同室の人のいびきも気になり全然眠れなかったらしい。HCUの方が居心地が良かったみたい。耳栓を購入して持っていく。10日ぶりにお風呂。傷跡のホッチキスを外す。だいぶ口が回るようになり会話がスムーズになる。ナースステーションから一番遠い有料の4人部屋に移動するようお願いされる。1日3000円・・・。退院の目途がついてない状態で出費が痛いが承諾する。

静かになり、テレビ冷蔵庫が使い放題で結果的に良かったかも。耳栓結局最後まで使わなかった。スーパーでヤクルトやヨーグルトお菓子などをたくさん買って差し入れ。冷蔵庫パンパン。

 

ここまでが入院前半の様子。

日に日に回復の様子が見られ、深刻な病気ながらも私としては病気発覚時より平常心で過ごせるようになり、悲観的な気持ちになることは全くありませんでした。とにかく命をつないでもらったという感謝と安ど感でいっぱいでした。毎日色々な雑用に追われていたことも良かったのかもしれませんね。