ケセラセラ~グリオーマ闘病記

30代の夫がグリオーマG4と宣告されました。

10月(病気発覚後3ヵ月) 再発?

突然の頭痛から発覚したグリオーマ。

それから3ヵ月が経った。

 

職場復帰

10月1日から、職場復帰することになった。

最初からフルでの仕事は無理だろうとのことで、週20時間のパート扱い。

正直傷病手当をもらってた方が収入としては高いのだが、ずっと家にいると夫にとっても私にとっても精神衛生上良くないと思ったので、働くことを後押しした。

後遺症はほとんどなかったため(たまに疲れがたまると呂律が回らなくなるくらい)業務自体は問題なくこなせたようだ。

周りの同僚にも病名や経過など全て公表しての復帰。

色々と配慮もしてもらい、ありがたい限り。

 

放射線後初のMRI

サイバーナイフ終了直後に画像検査をして以来、初めてのMRI。

放射線の効果が判定できるとあって少し緊張したが、頭痛などの症状もなくそれほど心配してはいなかった。

が、造影される部分がまた増大しているという結果だった。

初診ほどではないが、かなり大きくなっている。

放射線が一番効いている時期にこれだけ増大したということは、効いていなかったということか。私も夫も落胆した。

主治医からは、画像だけを見てこれが再発か放射線による壊死か判別はできないが、すぐに手を打った方がいいと、この日にすぐアバスチンを始めることになった。

スードプログレッションという、テモダール&放射線が効いているとこの時期にまるで再発したかのような画像になるという話を聞いていたので主治医に確認すると

「うーん、どうかな~」とはっきりした返答は得られなかった。

とにかくMRI画像ではなぜ増大したかは分からないということで経過を見ていくしかないようだ。

診察が終わって廊下で待っている間、夫が沈んでいる様子がよく分かった。

重苦しい空気が流れた。

アバスチン

診察中すぐに薬剤部に連絡を取り、アバスチンの在庫を確認してくれ夕方ではあったがアバスチンを投与することになった。腫瘍へ行く血管を阻害し兵糧攻めにする薬とのこと。放射線壊死にしても再発にしても著効性があり、効いてくれば来月のMRIではっきり効果が確認できるだろうとのこと。

あとで調べたら、残念ながらアバスチン自体に予後を延長する効果はないらしい。

でもただでさえ、治療法の選択肢が少ない膠芽腫。やれるものは何でもやってみなくては。

初回は90分かけてゆっくり点滴で落としていく。副作用の少ない薬ということもあって特に変わった症状は見られなかった。血圧が上がることがあるので、自宅で血圧をチェックするよう言われた。

化学療法室で看護師さんと会話していると、暗かった夫の表情も段々明るさを取り戻し私も少しほっとしたのを覚えている。

「○○さんは本当に明るい方ですね」と言われた。病院に行くと本当によくしゃべる。(自宅でもよくしゃべるのだが)医療スタッフの方とコミュニケーションを取ることが楽しいようだ。

アバスチン投与中、会計のことが頭をよぎった。まさかアバスチンを使うと思っていなかったので持ち合わせがない。いくらかかるか確認してもらったところ、やはり限度額いっぱいの8万越え!

テモダールも高いがアバスチンも高い。慌てて最寄りのコンビニまで走りとりあえずATMでまとまった額を下した。

会計をする頃には外は真っ暗。私達以外ほとんど外来患者は残っていなかった。

 

テモダール維持療法開始

アバスチン投与二日後からテモダール内服を再開した。(本当は翌日から開始予定だったがアバスチンのせいで夜遅くなってしまい薬が手に入らなかった)5日間飲んで23日休薬するという維持療法だ。主治医の方針でこれが2年続く。放射線治療中飲んでいた量の倍量なので、副作用が心配だった。

初日は私の舌の裏にできたできもののMRI結果が出る日だったので夫に付き添ってもらった。私はもちろんだが夫も緊張していたようで、結果が悪い物ではなかったので2人でほっとした。血管腫ということで手術を勧められ12月に手術が決まった。

病院後2人で王将で昼食。

このあたりで夫が不調を訴え始める。普段はモリモリごはんを食べる夫が頼んだのは小さなチャーハンだけ。食欲がないようだ。やはりテモダールの副作用なのか?それともアバスチン?

この後夕方から2時間仕事。やはりふらつきや気分の悪さが見られ、周りに心配され翌日の勤務は半日にしてもらうことにした。

ただ不調だったのはこの日だけで、その後の4日間は特に目立った副作用は見られず食事も普通量取ることができた。

 

アバスチン2回目

2週間空けて、アバスチン2回目。この日は60分で落としていく。

私は化学療法室まで付き添わなかったため、様子は分からなかったがこの日も問題なく終了。テモダール初日の症状はアバスチンの副作用ではなかったようだ。

この後の診察でも特にトピックはなく、体調に変化がないことを確認して終了となった。

 

 

 

 

 

9月(病気発覚2か月後)の様子

9月に入って子供たちの夏休みも終わり、静かな日常が戻ってきた。

夫は引き続き自宅療養中。自宅療養と言いつつ、ほとんど術前と同じくらいに元気ではあるので時間を持て余し気味。

9月4日診察

9月4日に退院後2回目の外来診察があった。

予約を午後遅い時間にしてもらい、私も仕事の後一緒に行けるようにしてもらった。

 

この日は採血と診察のみ。

採血の結果は肝機能の数値が悪かったが、テモダールは問題なく処方された。

副作用や気になる自覚症状もなかったため、軽い雑談程度で診察は終了。MRIがないと気分的に楽。

 

一人旅

テモダールは予定通りの日数飲み切った。ありがたいことに最後まで副作用もなく体調良好。せっかく仕事を休んで時間があるのだからと、九州方面に一人旅へ。

美味しい物を食べたり、名所を巡ったり、マイペースで楽しむことができたようだ。

私も四六時中夫と顔をつきあわせてる生活に疲れが出ていたので。この数日間はゆっくり休むことができた。

 

9月25日診察

3週間ぶりの診察。テモダールも終了し、前回悪かった肝機能の数値も回復し採血の結果は問題なし。主治医ととりとめのない話をし診察終了。

薬も処方されず、テモダールの維持療法が始まるまで完全に薬と縁が切れることになった。放射線の脱毛以外はどこからどうみても健康体。本当に予後の悪い脳腫瘍を患っているようには見えないほど。

 

 

夏休みの旅行を強行突破

退院直後の診察で何をしてもいいとお墨付きをいただいたので、

ずっと迷っていた夏休みの家族旅行を強行することにした。

正直、これから莫大な治療費がかかることを考えるとのんきに旅行なんか行っていていいものかと迷いに迷った。

というか今でもあの旅行代があれば・・・と今後後悔するときが来るのではないかと思っていたりもする。

 

でも、この膠芽腫という病気は絶対に再発が避けられない病気。

そして増殖スピードが異様に早い。

今後旅行に行きたくても体がいうことをきかない可能性が高いのである。

何でもできるうちにやっておこうと思った。

 

行き先は京都と広島に。退院して4日後から出発した。

4泊5日。およそ病人とは思えないほど、動き回って食べまくってハードな旅だった。

もちろんテモダールも旅行中きちんと服用した。

放射線による脱毛がちょうど旅行中目立つようになった。バサバサと抜け落ちる毛。

放射線による副作用が全然なくて、脱毛したということはちゃんと当たってる証拠だとなぜだか安心した。

 

なんとか5日間かなり疲れたけど無事に行って帰ってこれた。

こうして我が家の激動の夏休みが終わりを迎えた。

 

 

 

退院翌日 初めての外来診察

無事サイバーナイフが終了し、退院した翌日に元いた病院の外来診察があった。

 

この日は私が仕事だったため、父と子どもたちで付き添っていったんだけど

初めての外来だったから勝手が分からず、大変だったよう。

診察券やお金も忘れバッタバタだったそうで、診察もかなり待たされ帰ってきたときにはみんなグッタリだった。

見た目元気だから、問題なく診察も行って帰って来られると思ったけど、やっぱり忘れっぽくなってたり、段取りを上手く組めなかったりするようだった。

(これ以降診察は必ず付き添うようにしている。)

 

診察は前もって主治医に聞くこと箇条書きにして持たせていた。

日常生活でやっていいことダメなこと色々聞いた。

NGだったのは車の運転、一人で辺鄙な場所に出かけること(万が一倒れた時に危ないから)。

それ以外は何をやっても大丈夫。リハビリの成績も満点を出すくらいだから、仕事も夫のやる気次第で主治医的には問題ないんじゃないかと言う見解。

 

これからは再発までの時間をいかに引き延ばすかの治療。

再発してしまったら、その時できることをやっていく。

とりあえず今が一番体の自由がきいて、好きなことをたくさんやった方がいい時なんだろう。できるうちに何でもやっておこうと迷っていた夏休みの旅行に行くことに決めた。

 

 

サイバーナイフ 16日間の入院

8月からサイバーナイフ治療を行うため、Y病院へ転院になった。

手術をしてくれた主治医の師匠に当たるT先生がサイバーナイフの治療にあたってくれることになった。

入院初日

初日はMRIやCTなどの画像検査を一通り行い、T先生の診察というスケジュール。

開頭手術の時にこのT先生も立ち会ってくれたので、マスク越しに私は挨拶を一度しているのだが、夫は術後の意識が朦朧とした状態でしか会っていないため実質初対面。

椅子にどっしり腰を落として、足を組みおおーやはり権威という感じ。

でも説明は丁寧にしてくれた。

術後久しぶりに撮影したMRIは脳のむくみもかなり取れ、腫瘍の圧迫により偏位していた脳も元通りになっていた。まずは一安心。

膠芽腫という病気について主治医と大体同じ話だったが(余命など)、一つ初耳だったのは癌の増殖率を示す値の話。

その数値の名前は忘れてしまったが、それが10%を超えてくると悪性と言えるところを夫のそれは40~50%あるとのこと。

かなりの増殖スピードがあるということだ。膠芽腫・・・なんて恐ろしい病気になってしまったのか。

それでも、10年以上生きている患者さんを先生は知っているそうで(そもそも膠芽腫ではなかったのではないかとも言えるそうなんだけど)、この先再発しても手立てはたくさんあるから頑張っていきましょうと最後は明るい話をしてくれた。

得体の知れない治療に不安になっていた夫も気持ちが軽くなったようだった。

 

サイバーナイフとテモダール服用開始

翌日からテモダールの服用が始まった。早朝に起こされ、まずは吐き気止めの薬を飲み30分後テモダールを服用。このスケジュールを毎日こなしていく。

これに加え日中はサイバーナイフとリハビリをこなし、後は自由時間。体は元気なので時間を持て余したのか、外出届を書いてもらい真夏の炎天下の中最寄り駅まで30分かけて歩いていきスーパーで買い出ししたり、中華料理を食べたりとおよそ病人とは思えないアクティブ全開な毎日。

一度4キロ離れた喫茶店に行くため外出届を出したらさすがにT先生に怒られたほどだった。

心配していた副作用は放射線もテモダールもどちらもほとんどなかった。というか食欲爆発で病院食の他にスーパーで買いこんだお菓子やつまみ(さすがにアルコールには手を出さなかったみたい)をおやつや夜食に食べていたようで、退院するころには顔が真ん丸になっていた(今思えば食欲増進や真ん丸な顔はステロイドの影響もあったのかも)。

 

陣中見舞い

手術をした病院と違い遠方だったため、見舞に来たのは親友のY君と義姉、そして私達だけだった。私と子どもは入院して1週間後、たまった洗濯物を引き取りに一度だけ顔を出した。電車で片道3時間。ちょっとした旅行気分だった。

当日は病院食のカレーをたいらげ、急いで私たちを歩いて迎えに行き、その後すぐに駅前の中華料理屋でラーメンを食べ、スーパーでアイスを買って食べるという驚異的な食欲を見せてくれた。これだけ食欲があるから大丈夫だと安心。

自宅で過ごすより、むしろ病院にいる方が充実して楽しそうにさえ見えた。

 

退院

10日間の照射を終えて8月17日に退院となった。父にまた車を出してもらい家族で迎えに行った。テモダールの服用は続くもののひと段落。ずっと病院に閉じ込められていたので退院の帰りはぶどう狩りをし、寿司を食べ、温泉に入り、とんかつを食べるというレジャーを満喫し家路についた。

そういえば、ひどい湿疹はサイバーナイフの病院に入院する頃には軽快し入院後5日くらいで完全に痒みはおさまった。結局原因は特定されなかったが、夫の分析によると点滴で入れていたステロイドの副作用が一番怪しいとのこと。リンデロンからプレドニンに変えたころから少しずつ症状が治まってきたかららしい。

リンデロンはこの先もまた使うかもしれないし、もしその時同じ症状が出たら当たりということだろう。

 

 

退院の日からつかの間の自宅の生活

2017年7月27日(木)退院

退院の日 

父に車を出してもらい迎えに行く。

ひげをそり私服に着替えるとすっかり病人らしさはなくなり、湿疹以外はとても元気に見える。

お世話になった看護師さんたちに挨拶をして回るとみんな笑顔で送り出してくれた。病棟の看護師さんとの仲の良さに父がびっくりしてた。

どのスタッフさんもフレンドリーで居心地が良かったようだ。この病棟に戻ってくる日が二度とないことを祈りたいけど、きっとまたお世話になるんだろうな。

病院を出て、自宅に帰る前によく行く近所のスーパーに寄り道。

スーパーをウロウロするのが大好きな夫。思う存分買い物を堪能し、やっと自宅へ。

本当は退院祝いでごちそうを用意したいところだったけど、私も疲れがたまっていてそこまで気が回らなかった。

適当に出来合いの夕飯を食べた後、大好きな日清のカップヌードルトムヤムクン味をたいらげた。

 

4日間の自宅での生活

8月1日から入院し、サイバーナイフの治療が始まることになった。それまでの4日間は自宅で自由に過ごすことができた。治療が始まったら、食欲が落ちたり自由に出歩ける体力がなくなるかもしれないという思いもあってか、体を休める間もなく本人は精力的に動き回っていた。

 

初日は私が仕事で不在だったため、子供たち二人を連れて行きつけのそば屋でてんこもりのそばを食べ、脱毛にそなえて床屋で坊主にしてもらい、スイーツを食べ、丸一日あちこち動き回っていたようだ。付き合わされた子どもたちはゲッソリして帰ってきた。

本人は元気に歩いていたようだが、さすがに最後の方は少し足取りが重くふらつくような動きが見られたと長女が心配をしていた。

 

二日目は土曜日で花火大会に行こうということになった。

前日動き回ったこともあり、子供たちも疲れてるし午後ゆっくり出ていけばいいのでは?と言ったら、

時間がもったいない朝から出かけようと思ってたのに!

とイライラしだした。病気発覚前からイライラすることが目立つようになっていたが、手術で腫瘍を取り除いてもそのあたりは変わらないらしい。自分がこうした方がいいと強く思ってることにたいして、周りがその通りにならないとスイッチが入ってしまうようだ。

一度イライラスイッチが入ってしまうと、そのほかの色々なイライラの元を拾ってきては文句を言い、ヒートアップしてしまう。

その後入院前に使っていた目薬が見当たらないと言い出しイライラピーク。ひとしきりイライラをまき散らし収束していく。こういう時は夫がいない方が平和だなと思ってしまう(本人には口が裂けても言えないが)。

退院後初めてのイライラをやり過ごし、花火大会に出かけそれは楽しく過ごすことができた。本当に病人なの?と思うくらい元気で私と子どもはついていくのが精一杯。ものすごく疲れたが夫が喜んでいたので報われた。

「来年の花火も見れますように!お願いします!」と天に向かって冗談っぽく手を合わせていた。

 

3日目はさすがに外出は勘弁してってことで家にこもってもらう。

 

そして入院前日。私が仕事の間、また子供たちを連れて今度は医療保険の請求のために必要な診断書を書いてもらうため病院へ出かける。帰りはマックで入院中ずっと食べたがっていたポテトを食べたようだ。この4日間本当によく食べてたな~。

夕方に父がやってくる。またまた車をだしてもらうためだ。我が家には車がない。年始めに車上あらしに合い古い車だったので処分してしまったのだ。思えばあの事件から悪いことが起きているような。

電車で行くことも考えたが、入院の荷物を持って県外の病院へ行くのは負担が大きいということでまた甘えてしまった。

 

最後の夜、入院荷物を詰めている顔が何とも言えない表情を見たら、涙が出てしまった。本人には気づかれないようにいつも通り振舞っていたが、夫の不安を思うと暗い気持ちになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳腫瘍開頭手術後 8日目~14日目の様子

2017年7月12日に脳腫瘍の摘出手術を行いました。前半の様子はこちら

 

obebediary.hatenablog.com

 

術後8日目

7月20日(木)

夫の回復ぶりから退院の日が近づいていると感じたため、急ピッチで夫の部屋の片づけ。父も尿管結石から回復し両親がそろって手伝いに来てくれる。両親には今回の病気のことで片道3時間のみちのりを何度も通ってくれて本当に感謝。両親がいることで精神的に安定していられる。

夕方から両親とお見舞い。両親は術後初めて夫の顔を見る。術後の顔が腫れた写真を送っていたため、術前とほとんど変わらない様子に安心した様子。言葉もよりスムーズに。17時頃夫の学生時代の親友がお見舞いに来てくれたため入れ替わりで帰宅。

親友のYくんは面会時間いっぱいまでいてくれたみたい。夜ふるさと納税でアイスクリーム頼んだよとラインが来る。これから多額の治療費がかかるのにふるさと納税してる場合じゃないだろうと脱力したけど、本人が病気のことで悶々としているよりはいいかと納得させる。

 

術後9日目

7月21日(金)

私が仕事中両親が引き続き片づけ。私達は築40年の夫の実家に住んでいる。今まで住んでいた人たちの物がそのまま残されており、夫の家族は全員捨てられない人たちなのか無駄に家がデカいこともあって大量の荷物で埋もれている。それを少しずつ運び出して捨てる作業。夫が帰ってくると捨てにくくなるのでこれを機会に強行突破。この日に何とか片付けの目途が立ち、とりあえず夫が寝る一部屋のスペースは開けられた。

夕方のエアコン工事の立ち合いも両親に頼み、仕事後病院へ。

このころから入院疲れなのか、体も元気になってきて時間を持て余し家に帰りたい外に出て体を動かしたいとぼやき始める。言葉は元通りになったが、リハビリで頭を使うと片言になり左腕がボーっとする症状がまだ出る。

 

術後10日目

7月22日(土)

お昼にカレーが出て喜びのライン。食べることと、理学・作業療法士さんや看護師さんたちとおしゃべりすることが入院生活の楽しみになってる様子。

私は親しくない人と会話するのは疲れるタイプなので、夫のこういう所は素直にうらやましいと思う。

リハビリは順調で段々と点数も上がってるみたい。40分くらい頭を使うと左腕と左唇に軽い麻痺のような症状が出る。

術後顔にポツポツと出ていた原因不明の湿疹が体に広がり始める。

午後、私の妹夫婦が家族みんなでお見舞いに来てくれた。術後10日経ち、病理診断の結果が気になりだす。術中の簡易診断でグリオーマのグレード4でほぼ間違いないようだが、確定するまで落ち着かない。夫が病名を告げられて(この時は本人にはまだ悪性の脳腫瘍としか伝えていない)平静でいられるかという心配もある。

 

術後11日目

7月23日(日)

義姉が私物の片づけのため自宅へ。その後一緒に病院へ。湿疹さらにひどくなり、痒みも出てくる。塗り薬が出る。湿疹とともに便秘もひどくなる。薬の副作用?

食欲ますます旺盛。ジャンクフードが食べたいというのでファミマでファミチキ買って差し入れ。

 

術後12日目

7月24日(月)

仕事帰り見舞い。留置されていた点滴針が抜けてスッキリ喜ぶ。ずっと投与されていたステロイドは点滴から内服になりマイルドな薬に変更となる。左腕の軽いしびれの感覚もなくなり日常生活を送るのに問題ないレベルに回復。湿疹だけはさらに悪化傾向。プツプツとしていた皮疹が盛り上がって境界が分からないほど広がっている。主治医から原因不明と言われるが薬疹を疑う。

 

術後13日目

7月25日(火)

湿疹ピーク。お通じもなくお腹が張って苦しいと。この日は前々から予約してあった子どもたちの夏休みイベントがあったため見舞いにはいかず。加えて長女が少し不安定な様子が見られたため担任にフォローをお願いするため午前中は学校で面談。夫の病気のことも伝え様子を見てもらうよう頼む。親友Y君と義姉がかわりに見舞い。病理結果が出たので主治医との面談が翌日に決まる。

イベント帰りにデパ地下に寄るとちょうど土用の丑の日でうなぎに行列ができていた。高級うなぎなので家族分は買えないが、夫のために奮発して一尾購入。

 

術後14日目

7月26日(水)

両親が来る。小6の長女が一人でうなぎとスイカを差し入れに行くと言うので、一人で病院まで行かせてみた。駅からは送迎バスが出ているので問題なくたどり着いたようだ。

スイカを食べたら急に便意がこみあげてきて、どっさりお通じがあったようで喜びの報告があった。スイカが効果があったのか不明だが、差し入れした甲斐があった。うなぎもさすが普段食べているスーパーの鰻と違って美味しかったようで、テンションの高いラインが来た。良かった良かった。

長女は午後の主治医との面談にも同席したがったが、シビアな結果を聞かせる勇気がなく自宅で両親と一緒に待つように言い聞かせる。(ちなみに長女は初回面談時に同席していたため悪性の脳腫瘍であるのはこの時点で知っています)

午後長女と入れ替わりで病院へ。義姉も会社を早退して来てくれる。ちょうど病室に着いたら、夫の職場同僚と会長が見舞いに。急遽デイルームで面会。

主治医はナースステーションで他の患者と話をしているようだったので、面談の時間だったがしばらく待機。

主治医の手が空いたようで声がかかる。せっかくのお見舞いで申し訳なかったが、声をかけてお開きにしてもらう。

 

膠芽腫告知

ソーシャルワーカーさん(この時初対面ではなく廊下で一度挨拶をして少し立ち話をしている)、看護師さん同席。とうとう病名が確定するときが来て緊張する。

主治医はいつも通り穏やかな表情で座っていた。モニターには病理画像と所見が映し出されていた。パッと目に飛び込んできたのは「malignancy」=悪性。

そして

「glioblastoma」グリオブラストーマ

ああやっぱり間違いないんだ。

主治医は私達に画像を見せながらグリオーマのグレード4、最悪性の膠芽腫であることを伝えた。平均余命は14ヵ月。5年生存率は10%以下。必ず再発してくるというシビアな現実を伝えつつ、それでも平均余命はあくまでデータの数値であり、同じ病気で8年生きていて現在も外来通院してる人もいると希望を含んだ言い方をしてくれた。

心配していた夫の様子は「そうですか」とその説明を顔色を変えずに聞いていた。というより時おり冗談も飛び出し、たびたび笑いがおこるという、告知をされているとは思えない状況に拍子抜け。

ネガティブ思考でメンタル激弱だとずっと思っていた夫が何の動揺の色を見せずに診断を受け止めている。10年以上一緒にいるがやっぱりこの人分からない。

(癌告知された人は何段階かに分けて病気を受容していくというプロセスをたどるらしいのだが、告知され3か月経った今もそのプロセスとやらは夫に全く見えない。もしかして1段階目にもまだ経ってない?)

そして話は今後の治療方法のこと。以下主治医からの話。

〇膠芽腫の標準治療は術後放射線治療60Gyかけながらテモダールを42日間服用するとのこと。その後は休薬期間を設けテモダールの量を増やし維持療法を繰り返していく。

〇テモダールは2年で打ち切り。アバスチンという薬も併用して使用するつもり。

〇放射線治療は一般的な外部照射でもいいがサイバーナイフという選択肢もある。

サイバーナイフのデメリットはメジャーな治療になってから日が浅いため、予後のデータが出そろっていないこと。だが、経験上一般の放射線治療と治療効果は変わらない印象。

サイバーナイフだと10日間の照射となり入院期間も短く、体の負担が少ない。また再発したときに再度かけることができるメリットがある。

 

こう言われたらそりゃサイバーナイフの方が魅力的です。サイバーナイフを選択することに。サイバーナイフのある病院で紹介できるのが2病院あり、交通の便が良く私が通いやすい方でお願いしたが、問い合わせると20日以上あとでないと空きがないとのこと。とてもじゃないけどそんなに待てないので

結局、県外にある遠い病院に転院することに決定。

この後免疫療法など色々と質問して面談は終了。もう入院しててもリハビリくらいしかやることがなく「明日退院してもいいですか?本人も暇を持て余してるようなので」と聞くと

「いいんじゃない?」と軽い返事。ということで翌日退院となった。

最後に夫が

「助けてくださってありがとうございました。」

深々と頭を下げた。

 

この後、義妹(夫の妹)の旦那さんが見舞いに来て普段と変わらぬ様子で談笑。

夕食もモリモリ美味しそうに食べ完食。

「考えてもどうしようもないし、しばらく骨休めだと思ってゆっくりするよ」

私たちを不安にさせまいと気丈にふるまっていたのかもしれないが、予想外の受け入れっぷりにただただ驚くばかりだった。